1章 序文 : 拡張プラウト主義

 世界中でたくさんの社会問題が発生し続けている。一つずつの問題の解決策を考えていると、平和な社会の実現ははるか遠くに思える。しかし、それらの問題の根本的原因となっているある一点に気づけば、実は解決策はシンプルだということが見えてくる。その根本的原因とは「お金の仕組み」である。あらゆる社会問題の原因は、お金が儲かるかどうか、資金があるかどうかに行き着く。

 例えば戦争で他国の領土を狙うのは、石油などその国の天然資源を手に入れて儲けようとする勢力がいるからである。戦争をすれば武器が必要になり、よって軍需産業が儲かる。その開発を行う軍需企業自体が政治家の所有物であったり、政治献金などでその政策を推し進める政党や政治家にお金が入る。そうすると必ず欲深い人物が権力の座にのし上がろうとするので、お金をめぐった不正がなくならない。若い世代が将来年金をもらえるのかについての問題も、分配するお金があるのかないのかの問題。自然破壊の問題も、破壊を行う企業の社員もお金を得て生活する必要があるので、自然破壊とわかっていても働くことはやめられない。さらに、企業は商品を作って利益を得続けなければ存続できないので、原料となる資源の枯渇は止まない。その商品の材料として樹木が伐採され、鉱物資源が採取され、海や川が汚れ、生態系が変化し、鳥など絶滅する種も出ている。海の魚などの乱獲と生態系の変化についても、結局、漁師も魚を取ってお金を稼がなければ生活できないので、漁を続けるしかない。また密漁がなくならないのも理由は同じ。
 ゴミ問題も、例えばスーパーマーケットで売られる食品を作る企業は、消費者に気に入ってもらってお金を稼ぎ続けなければ経営が続かないので、過剰なビニール包装などで商品の見栄えと安全を強調する。その分、家庭からのゴミの量は増え、焼却しきれないゴミが増える。電化製品なども、商品を多めに作っておいて消費者がすぐ購入できる状態にする。お客を待たせて利益を逃すよりは良いからだが、それによって捨てられる在庫が増える。また商品のバージョンアップを頻繁に行って消費を促し、利益を上げる必要がある。それによって時代遅れになった未使用品のゴミも増える。
 企業の長時間労働の問題も、雇う側と社員の両方がお金にまつわる問題を抱えている。社員は給料を得て生活を維持しなければならないので、会社から残業を命じられれば従わざるをえなくなる。雇う側の会社も、経営を維持するには他社との競争に勝ち、利益を上げ続けなければならない。他社の社員が10時間働いているなら、自分たちの社員は12時間働いた方がサービスの質が向上し、利益を得られる確率は高くなる。
 所得格差の問題も、そもそもお金を稼ぐことに長けた人とそうでない人がいるので、これを防ぐ手立てはない。それは運動が得意な人と苦手な人がいることと同じ。
 また窃盗や麻薬販売者がなくならないのも、それで利益を得て生活費を稼ぐことができるからである。その違法な商売の元締めは、さらに多くのお金を稼ぐことができる。
 いじめ問題については、そもそも人間には生理的・性格的に合う合わないがあるのに、狭い場所で長時間、同じ人たちと過ごさなければならない学校の仕組みにも原因がある。しかし、もし学校を転校することや引越しがもっと手軽に行えるなら、嫌がらせを受けても簡単に回避できる。これも結局は引越しに必要な費用が簡単に用意できなかったり、住宅ローンが残っていたり、生活費を稼ぐ親の仕事も簡単に変更できないなど、お金にまつわる問題に行き着く。
 日本の人口減少の問題も、将来的に労働力が減り、国としての競争力が落ちることで国益・利益が減ることが問題となっている。

 過去何百年と、世界中の知識人が政治の世界で取り組んできた。しかし現代の社会問題の数を見てもわかるように、問題は減るどころか山積みとなっている。これらの根本的原因は、結局のところ、お金で生活を成り立たせている貨幣社会という仕組みに原因がある。この部分に気づき、この部分を変えなければ、問題はいつまでたってもなくならない。そのために、人間は自分達の生き方を再定義する必要がある。それは、何のために生き、どのようにして暮らしていかなければならないか、ということである。そしてすべての問題の元となる貨幣社会に終止符をうち、自然の本質に沿った生き方をする必要がある。
 人間が生きていくためには自然も科学技術も必要だが、ここからは自然と科学技術と人間が調和した拡張プラウト主義とはどういった社会かについてまとめていく。簡単な結論から言えば近く世界は次のようになる。

 世界各地域では6万人前後の市民からなる直径4kmの円形の自治体が中心となり、食料、電力、医療、教育、住居、家電など生活品はすべて地元の資源で、地元の市民によって作られ、よってそれらを誰もが無償で享受する。これにより路上生活者と貧困家庭は一人もいなくなる。
 住居は地上のドームハウスと地下住居の組み合わせとなり、地下住居は地震、竜巻、洪水などに対してシェルターの意味合いと防音室の役割も持つ。この住居は木組みで麻壁など自然素材が使用され、高気密、高断熱化された住居で終日冷暖房が行われる。住居が老朽化すれば一旦解体して再度組み立てる。それによって資源を無駄に使用する必要がなくなり、自然環境と調和した千年住宅となり、それを誰もが自治体から無償で借り受け、家電も無償提供される。そして家庭からの排水はすべて農地へ還元され、その為に洗剤も化学物質の使われていないものが使用される。これによって海も川も汚染されることはなくなり、もとの澄んだ状態に戻る。
 電力は各家庭のドームハウスに備え付けられた太陽光発電で昼の電力を生み出し、夜は蓄電池を利用する。
 食料は各家庭に提供される約33m四方の農地を基本に、農薬を使わず自然の力に任せる自然農で自給自足を行う。これにより土壌汚染がなくなる。
 医療は薬用植物や鍼など自然医療や伝統医療が基本となり、食生活も穀物菜食に移行して病気になることが大幅に減る。病院も自治体の中心部に作られ、無料で利用できる。そのため利益目的ではない天職・適職レベルの人物が医者となる。
 教育は現在のような学校はなくなり、習い事のように一つのクラスが基本単位となる。そして誰もが朝から好奇心のあることに自己責任で取り組むことを幼年期から行い、周囲はそれに干渉しない環境を作ることで早期の自立と天職の発見を促す。
 これら生活に必要な物資は基本的に自治体の工場の3Dプリンタで作られ、地域で採集できる原料内で生産される。市民はそこで生活品を作り、無料で得る。生産数は市民の人数分が上限となり、製品は再利用が基本となるので原料の採集は必要最低限になり、資源の枯渇と自然破壊が無くなる。そのため製品設計も再利用を前提としたものとなる。
 工場は自治体市民が協同で運営する。よって市民の労働は公共事業がある場合のみで、それは週に数時間程度となる。それ以外の時間は自分の好きなことをして過ごす。これにより誰もが天職を見つける時間が生まれ、人々は特技に溢れ、その特技を通じて奉仕活動を行うようになり、精神的に満たされ、充実感に満たされた日々を過ごすようになる。よって毎日が現在でいう永遠に続く夏休みのようになる。そして学校、会社、自然破壊、汚染、ゴミ、貨幣、税、無駄などはなくなる。
 また各家庭からの太陽光発電による電力が自治体に集められるので、自治体そのものが発電所のようになる。こういった日常生活を成り立たせる自治体での活動は、現在の町内会の活動がさらに大きくなったものという感じである。 そして世界中で人々は、次のことを基本として生きる。

・人間は支配者ではなく自然の中に住まわせてもらっている者として謙虚に判断する。
・自治体の許可なく自然の破壊、動物の殺傷を行ってはならない。
・好奇心に従い、天職を見つけ、社会に奉仕する。
・全て自己責任で行い、他者に迷惑をかけない。

 こういった自治体で構成される国が州となり、民族の数だけ州が作られ、文化と多様性が尊重され、各州へはパスポートなしで自由に行き来できる。主な交通手段となる自動車と電車は電気が動力源になる。電車はすべて地下鉄になり、まず州内で結ばれ、次に各州間を結ぶことによって世界中が結ばれる。これによって地上には建物と土の道路のみが存在し、アスファルトの道路はなくなる。
 このようにしてつながった世界は、各州の代表者が集まる世界連邦という1つの組織によって統治され、国境はなくなり、貧困もなくなり、金銭や資源目当ての戦争も起こる理由がなくなる。そして世界各地は奉仕によって成り立つ友好的な世界になる。また世界の行き来が自由になることによって民族の交流が盛んになり混血も進むので、何百年、何千年後の地球は、すべての民族が混ざり合ったひとつの民族の星になる。

 これは人間の能力が最大限に発揮され、正しく進化するための基本的な社会の在り方で、貨幣がない社会である。現在の資本主義社会では金銭を得るため永遠に働かなければならないが、地域社会が中心となり、地域の市民分だけ生産する社会に移行すれば必要最低限の労働と資源の採集で事足り、人間にとっても自然にとっても無駄な要素がない社会が生まれる。
 貨幣社会では誰もが自分で自分の生活を成り立たせることができず、よって他人への大きな依存が生まれ、利用する・される立場が生まれ、人間関係が損得になり、奪い合い、責任の押し付け合いが発生する。また利益と破壊が表裏一体で、破壊を案じ利益の機会を自制したとしても、その機会を他者が掴み、破壊も行う。つまり自制は無意味なものとなり、結局やるかやられるかの選択肢しか残らず、最終的に思いやりもモラルもかけてくる。しかし自分達で自らの生活を成り立たせる地域社会を構築すれば奪い合いは無くなり、過剰依存の連鎖は終わり、信頼と与え合いによる社会を生み出すことになる。

 生活品が無償で与えられれば怠け者が生まれるという意見もあるが、拡張プラウト主義の社会では怠け者は生まれない。怠け者が生まれる時は、嫌なことをさせられている時であり、それは生活費を稼ぐために仕方なく働かなければならない貨幣社会だからこそ生まれる。嫌な勉強を無理矢理させれば子供も怠けるが、放課後になれば好きなことをして活動的に過ごす。これは大人も子供も同じ。
 また人間には退屈を感じるという怠けさせない能力が備わっている。この退屈感は誰もが避けたいものであり、退屈を感じれば何か充実感を得ようと活動を起こし始める。

 こういった拡張プラウト主義の世界に生きる人間は何のために生きているのか、という問いに対しての答えも単純で、それは「人格の向上」となる。人格者が多い社会では人々は自然に足るを知り、お互い思いやりを持つので居心地の良い社会となる。反対にエゴの強い人間が多ければ自分中心の人が増え、奪い合いが多くなり、それだけ問題の多い社会になる。
 天職を通じて創造的に遊びながら学習し、その天職を通じて他者へ社会へ奉仕し、その継続によって多くの気づきがあり、それにより精神面が向上し、人格が磨かれていく。その過程で自我に振り回されている自分の心をコントロールできるようになり、やがて無我へと近づき、完全に近い存在となって全体と一つであることを認識する。
 こういったことを実現するためには、人間が正しく成長できる持続性を持った社会の構築が必要であり、その仕組みをまとめたものがここから説明する拡張プラウト主義の世界である。

 ただ気をつけなければならないことは、拡張プラウト主義の世界に貨幣は存在しないが、現代は貨幣社会であり、急に貨幣を手放すことに対して、現代生活に慣れた人々は誰でも拒絶反応を起こす。拡張プラウト主義は言い換えれば、「お金を必要としなくなる社会」でもある。つまり拡張プラウト主義の社会ではお金を使用する必要がないので、強制的に貨幣を排除することはない。市民がここでの生活に慣れてくれば、誰もが財布を開く必要がないことに気づき、やがて人々は与え合う行動様式へと変化し、次第に貨幣はなくなっていく。つまり徐々に社会の雰囲気が変化していく。

 拡張プラウト主義と事業の進め方の重要ポイントは、下記の画像におおよそまとまっている。